とある夜の一枚【ひとりの食卓】

珍しく夕食は刺身にしようと買って帰った日に限って、急遽オットは飲み会になったりするので、イサキはの漬け丼にして一人で食べた。ちょっとにんにくを利かせて。あとは厚揚げをトースターで焼いたの、菜っ葉のカラシ和え。一人のときは、火も油も使わない簡単な食事が自然と多くなります。片付けも楽。
ここのところ飲みが多いオット。今は異動の時期らしいので仕方がないが、一人での食事はせっかくのおいしい食材もおいしく感じられなくなるもの。
私は割とお一人様が好きで、仕事のときも家にいるときも、なるべく人には構わないでもらいたいと思うタイプだ。一人でふらっと遊びに行くのも平気。映画もカフェもラーメン屋も買い物も、用があれば一人で行く。なぜかというと、誰かの行動リズムに合わせるのが苦手、めんどうだと思ってしまうから。私は自分から話しかけることができない人だ、と思う。それはシャイだから、ではなくて何を話したら良いか分からないから。私が発する言葉の9割はふと思いついたことで、何の気遣いもないものばかり。そんな鋭利な刃物をむやみやたらと人様に投げつける訳には行かないので、必要がない限り自分から話しかけることはしない。私のことを僅かでも分かってくれる人にしか話しかけられない。だから、一人でいたい、人には構わないでもらいたいと思う。
そんな私でも、わびしくごはんを食べる日が続くと、きつい。特にこのごろは気候のせいか体調が優れないことも重なって、オットが不在なのはこたえている。何でかな・・・と考えてみた。ら、ふっと分かった気がした。オットがいない家には誰もいないからだ。本当にほんとうに一人ぼっちだからだ。
自分から関わらないだけで、私の周りにはいっぱい人がいる。それは何かしらでつながっている、家族、友達、同僚、店員、すれ違う街行く人々。自分が何かを発信すれば反応してくれる人がいる。
そんな中で、何やらめんどうだからと、甘えて、勝手に一人の世界に入り浸って喜んでいる、それが私だ。手を伸ばせば繋がることが出来る距離の範囲で、自分の世界に浸りたい、これが私。なんてわがままなんだろう。みんな、よくこんな私とつきあってくれているよね。感謝しなくちゃ。
だから誰もいない家でごはんをすると、不安なんだよー。家族は多いほうが良いんだなぁ。友達だって多いほうがいい。仕事も一人ではできないし、病気したり疲れた時には公共の施設を利用する。誰かと関わることは絶対に必要なこと。
だんだんと何を書いているのか分からなくなってきてしまったけど、私はもっといろいろな人(こと)に感謝をしたほうがいい、という話。。最初の構想と全然違うオチ。