はてなダイアリー  -ひまもてアーカイブス-

2016.1.6以前の記事はダイアリーのものです。

男性はどんなことを感じるのか聞いてみたい映画。


(一応)記念日らしく、バラを添えてみる。当人(♂)は「よーおぼえとんなー」と呆れ顔だった件は受け流しておく。
映画『八日目の蝉』を鑑賞。満席の劇場の95%が女性という異様な空間で(レディースデーやったからね)。どえらい映画でしたよ。永作博美さん、あなたは本当に不惑ですか疑惑。あのどアップに耐えられるなんて。毛穴、あなたの毛穴はどこですか!冒頭5分から、すっかり虜。
希和子(永作博美)のやったことは、犯罪に違いない。でも、「犯罪」とは断じたくなくて、特に小豆島に移ってからの生活は色鮮やかで、きれいなものに満たされていて、この生活がずっと続けばいい、と思って観ていた。短いシーンだったけど希和子が自転車に乗る様子が映ったとき、その乗り方が20年経って恵理菜(井上真央)に受け継がれていることを知る。親子って、母と子って何。いつまでも母になりたくて、でもなれなかったと責め続ける恵津子(森口瑤子)が、希和子や恵理菜に当り散らすさまを見ると、この人こそが悪ではないのかと、勘違いしてしまいそうになる。出てくる女性はみんな、被害者なのに。
被害か……。本をただせば父(田中哲司)にたどりつくのかもしれないけれど、彼が出てくるシーンは多くないけど、恵理菜の頭をぽんぽんと優しく叩いて去っていくシーンがとてもとても印象的だった。彼は自分の起こしたことを真正面から受け止めて、自分のやれる範囲で償っているのかな、と思うとあまり責められる立場ではないのかと思ってみたり。第三者が何が原因で、誰が悪い、と、責任の所在を追及しようとするやり方はよくないのかな、と思った。もちろん、法を犯したり誰かを傷つけたり、という行為に対して罰を受けることは必要なことなんだろうけど。それって誰のためなんでしょうか。等等、2時間半、ひたすらひたすら自分の価値観と向き合う時間でした。
原作では、逃げて逃れて、カルトに縋ったり怪しい仕事を転々としながらもたくましく「二人で生きていく」希和子の姿がクローズアップされていた。それを週刊誌的なノリでセンセーショナルに表現されていなかったことが、非常に好感でした。悪意をむき出しにする人は一人もいなかった。一見、静かに、穏やかに。でも内面は……と思い至らせるようにできていたと思います。
登場人物の誰に気持ちを寄せるかで、泣けたり泣けなかったりするのかもしれません。劇場で聞こえてくる感想も真っ二つに割れていて面白かった。私は『その子はまだごはんを食べていません!』で嗚咽。別れの際にちらりと、でも爆発した希和子の感情に。最後、恵理菜が写真館を飛び出して走って走っていくシーンでも号泣。「赤ちゃんいるんだから、走っちゃダメ!」と、すっかり母親の気分で。なんやかんや言っても、自分も女であることを確認した映画だった。
オットは観てないし今後も多分観ないと思うけど、観たら絶対こう言うと思うよ。『岸田さん(劇団ひとり)が悪い』う、うん、そうだね。悪いというか、ちょっと浮いてたね。井上真央とちゅーできていいなあ、と、そこだけ現実に舞い戻ったモンね!

八日目の蝉

八日目の蝉

八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉 (中公文庫)

追記。恵理菜の一人暮らしの部屋が、「ああ角田さんの小説に出てくるイメージとピッタリ同じだ」と思った。監督やるな、読みこんでるな、と。