読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

はてなダイアリー  -ひまもてアーカイブス-

2016.1.6以前の記事はダイアリーのものです。

色あせた自分

まずはじめにおことわり
このエントリーは非常にネガティヴなつぶやきです。不快な気持ちにさせてしまうかもしれませんので、あしからずご了承ください。たたみますので、興味のある方だけどうぞ。

昨日女ともだちと3人でごはんを食べに。病み上がりのくせにすこーし飲んだりして、盛り上がった。トークがとっても苦手な私が、唯一といっていほど臆面なくまったりトークできる関係の3人。たぶん、トークが苦手なのは私だけのような気がするけど、2人も同じように心地よい関係だと感じているはず。
3人のうち結婚しているのはわたしだけで、結婚生活というか日常の生活ぶりを愚痴を交えて話すと、すんごい興味をもって聞いてくれる。羨ましいとか妬ましいとかいうネガティヴな感情はなく、本当に純粋な好奇心だ(と思う)。親身になってリアルな、かなり泥臭い相談事に耳を傾けてくれる。
逆に2人はいろんな異性と出会う話をするので、今度は私が内心は「ちょっと羨ましい」とおもいつつ興味津々で話を聞く。自分にとっては恋愛感情という華やかなというか特定の人に対して熱っぽくなる状態ってのははるか昔のことなので、そんな状態にある2人が輝いて見えたり、自分の当時が懐かしかったりして楽しくて、やっぱりちょっと羨ましい、な。
ここまでは前置きで(長い)、昨日いちばん刺激的だったのが仕事に対する姿勢。2人は結婚に対して否定的な感情はないものの、現在も親元で生活をしているという状況から、「いずれは一人で生きていくかもしれない」という思いがあり、社会のなかでの自分の役割、自分の存在価値を見出そうと必死、なように私の目には映る。それがすごく眩しくて、刺激的。わたしの役割、存在価値って何だろう、と思ってしまった。
家庭では妻として、オットとともに歩むこと、経済的な基盤を築くオットの生活全般を支えること。そして親戚や地域との関係を良好に保つこと。会社では社員として、与えられた業務をこなすこと。大きく2つだとおもうのだけれど、急にどちらも半端にしかやっていないように思えて、急に自分が色あせているような気がした。
やれば出来る、と自分を鼓舞して追い込むことがイヤで、何かと逃げ道を作ってきた自分。専業で家庭に入れば家事や親戚・近所の付き合い、子どもがいれば子どもに関わる全般をすべて完璧にできないといけない、と思い、それができない言い訳をするために仕事を続けている。かたや仕事においても、成果を出すためにはある程度時間の拘束は仕方がないし、正社員ともなればだんだんと責任が重い業務にも携わることになるのがイヤで、家庭を理由にして非正規雇用を選ぶ自分。
こんな自分の存在意義って何だろう・・。正面から向き合わないと何も変わらないと分かっているのに、いつまで逃げ続けるのだろう。分かっているのに何もできないしようとしないわたしと、一生懸命生きている2人の女ともだち。自分が色あせて、つまらなく思えて仕方がない。
これまでの自分の生き方に反省をしながら、これからの行き先を見つめなおしたいと思います。そのためにもまずは体を健康な状態にしないと。